空のっぽと雲ひげ

サンドアートとつれづれ日記

チェホフ祭、終了!

チェホフ祭、無事終了!

今回のこの取り組みでは、勉強できたこと、発見できたこと、新しい収穫がたくさんありました。誘ってくれた嵯峨くんに感謝、関係者の皆様に感謝感謝です。

以下、嵯峨くんがフェイスブックに投稿したリポートを転載します。

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2026.2.24(
火)

「さっぽろチェホフ祭」全公演が終わりました!

上演した「凍土の陰影」は振れ幅の大きな3部構成で、チェーホフの書いた幻想小説・爆笑コメディ・ルポルタージュという3つの題材に、嵯峨孝子(サンドアート・朗読)、櫻井ヒロ(一人芝居・ダンス・語り)、嵯峨治彦(馬頭琴・喉歌ほか)の3人で挑んだコラボレーション作品でした。

原作の(原作者の?)多面性と格闘する準備は大変でしたが、稽古も本番も非常に楽しく、こうして無事に3公演を終えてほっとしております。でも、やはり、祭りの後の寂しさたるや。。。いつか再演できる日を夢見たいと思い馬す。

「凍土の陰影」にご来場いただいた皆様、ありがとうございました。拍手、お寄せいただいたご感想、(アンケートはこれから読ませていただく予定ですが…)本当に嬉しかったです。

ところで、今回の「さっぽろチェホフ祭」は、演劇作品と、研究者によるチェーホフトークも楽しめる、多角的なイベントでした。

三瓶竜大さん&ポケット企画のみなさんは、チェーホフ作品「プロポーズ」「熊」にがっぷり四つで取り組んでおられました。パワフルなステージ、とっても楽しませていただきました。あの「予告編」!次のさっぽろチェホフ祭が実現して本編上演となりますように。

ヴラジーミル・ジダーノフさん、サヴィヌィフ・アンナさん、トーク、たいへん興味深く拝聴しました。2回目の方は動画で拝見いたします。サハリン行きたい。モスクワ行きたい。

そして「さっぽろチェホフ祭」は、素晴らしいスタッフの皆さんとのコラボレーションでもありました。

明夜さん、舞台美術統括にメインビジュアルお疲れさまでした。「凍土の陰影」のラストシーンで地平線に浮かび上がる美しい太陽、忘れらない光景となりました。ありがとうございました。

竹屋光浩さん、美しい照明で作品の世界観をぐっと広げていただきました。毎回記録動画見るのが楽しみでしたし励みになりました。ありがとうございました。そして奥様のパンとても美味しかったです。

泰地輝さん、音響ありがとうございました。好評でしたね。様々なサポート助かりました。あと、酷使して取れてたノブに凄みを感じました。

米澤春花さん、手のかかる3人組を、舞台監督として優しく導いていただきました。滞りなく3公演を終えられたのは米澤さんのおかげです。ありがとうございました。かわいい娘さんのご様子にも癒されましたー。

藤川駿佑さん、すばらしい宣伝美術(サイト・フライヤー)、パンフ、そしてきめ細やかなサポート…それに「凍土の陰影」のかっこいいタイポグラフィまで、ありがとうございました。たいへんたいへんお世話になりました。

コンカリーニョ太田真介さん、演台ありがとうございました。ヒロくんの「講演」中の雄姿ご覧いただきたかった。

櫻井幸絵さん、衣装・小道具のご協力、スモーキーな内助の功、ありがとうございました。「ローザ」から始まった素敵な物語がまだ続いていること、凄く嬉しいです。

・・・そして!

ディレクターの桑原さん。お誘い下さってありがとうございました。未知の世界に漕ぎ出して、新たなコラボレーション作品が生まれました。素晴らしいきっかけをいただいたことに心より感謝申し上げます。ありがとうございました。「さっぽろチェホフ祭」末永く続いていきますように!



 

息子くんが、なんたって18歳!になった日に思うこと。

語りと音楽のユニット野花南を結成してからもうすぐ27年になる。キリのよくない年数でいきなり振り返るのは、私たちの息子くんが今年(しかも本日)で18歳になり、感慨深いからだ。
つまり、音楽やら朗読やらサンドアートをやらそれに関わる事務やらマネージメントやらを生業にして暮らしている期間が、27年になるということ。事務所を設立する前、なんとなくやり始めた一年間をプラスすると28年だ。

いきなり余談になるが、証券会社に始まり、ソニー、損保会社、病院、市役所、大学、NHK…正職やアルバイトも含めるともろもろ転職を繰り返してきて私が、27年も勤続しているというこの事実は、今更ながら自分を驚かせる。

まさか自分が民族音楽に興味を持ち、演奏や朗読やらサンドアートを始めるなんて30歳になるまで思ってもなかった。
サンドアートを始めたのだってつい最近だしね。そもそもこの仕事を続けてること自体が奇跡。「自分には向いてない、辞めよう」と、何度思ったことか。

最初は朗読だけの参加だった。
ツアーをするようになってから間もない時に福島の図書館で、「お客さんは、早く馬頭琴と喉歌の演奏が聞きたいはずだ」と思い込んで、ついつい早口で馬頭琴伝説を読んでしまった。結果、ホテルの部屋に戻って読んだアンケートの中に、「演奏は良かったけれど、朗読の方は力不足です」と書かれ、凹んだ。自分のミスを棚に上げ、悔しくて一晩眠れなかった。明日も本番がある。ぐっすり眠っている嵯峨くんを横目に、どうしたら良いのか一晩考えた。
翌日、気持ちを切り替えて、お客さんの表情を見回しながら、ゆっくりたっぷり、語ってみた。反応は如実に違った。何人かの人から「感動しました、とても良かった」と言っていただいた。

それから、翌年のツアーまでに、必要に応じて口琴とギターを始めた。ギターにいたっては、ツアー出発一週間前に「ギターの伴奏があったらいいなあ」とつぶやいた嵯峨くんと楽器屋に直行し、ツアー中の車の後部座席で目をぐるぐる回しながら練習して本番に臨んだことは、今もって語れる武勇伝である。あまりの緊張で大ラスのコードが思い出せず、
1分に渡るエンディングを演じ切った。その際、頭から蒸発したエクトプラズムが「?」マークでいっぱいの観客席を見下ろしていた記憶は、今もって鮮明である。

打たれ弱い私は、やればやるほど自信喪失のどん底で、いつ辞めようかと辞めるタイミングを探していた。でも、「これでもう終わりにしよう。」と思う時に限って、必ず誰かが助け舟を出してくれた。

心に残る助け舟の一艘目は、長野での公演の時。
公演終了後に、車椅子に乗った初老のご夫人がニコニコしながら私のそばまでいらした。
「良いお仕事ですね。」
「はい?」
「人の気持ちを温かくする、良いお仕事ですね。」
この言葉には、こちらこそ気持ちを温められた。

二艘めは、伊達のとある会館で公演した時のこと。
打ち上げの席で隣に座った中年の男性が話しかけてきた。
「あなたは、朗読教室とかやってるの?」
「いえいえ、私はまだまだ」
「やればいいのに。語り、すごく良かったよ」
「ありがとうございます。でも、私の読み方が嫌いな人もたぶんいらっしゃいますし」
「いやいや、そんなのいいんだって。俺だって飲食店やってるけどね、お客さんみんなを満足させる食事なんて出せないよ。10人お客さんがいて5人がダメだと言っても、残りの5人に絶対あなたじゃなきゃダメだって言わせればいいんだ。」
心に残る名言だ。

三艘めは、今は亡きくすみ書房の久住さんが、旅行会社が企画したご自身のツアーにミニライブの出演者として誘ってくださった時の事。余市の町を歩きながら、いろいろな新刊のお話を聞けたのもとても楽しかったし、何よりわたしの不安をぬぐっていただいたのが嬉しかった。
「楽器を弾きながら、テキストを朗読するという私のスタイルはどうなんでしょうか。自分のタイミングがあるので、私自身は楽しいんですが、観ている方はそれで楽しめるのかが心配です。」
「うーん、それはそれで、いいんじゃないですかね。あなたが朗読や演奏をしながら物語を聞かせてくれる時の、表情や声色や楽器の音とか、全体が<表現>なので十分楽しいですよ。」

あらためて思い返してみると、自分の表現欲求の他に、こういった方々の励ましを糧に頑張って来られたとつくづく思う。正直、「あまりにもマイペース過ぎだよ、もう少し頑張れるんじゃないの?」と自分に苦笑することもよくあるのだけど。
わわ、なんと、これ、いつも私が息子くんに言ってることではないですか!?

さて、2026年も、ぼちぼちがんばって行こう。



その時が来た

久々に、「その時」が来ました。

今年も、公私に渡り悲喜こもごもいろいろありましたが、
とりあえず、うちの息子くんに関しては良いことが二つ重なりました。

一つめは、春の初めに高校に合格したこと。
二つめは、秋の終わりに念願の囲碁棋士採用試験に合格したこと。

いろいろなことが繋がって一本道を歩いて来たような気もするけれど、
あまりにも凸凹の多い、しかも迷路のような道でした。
平日は通学しながら、週末は札幌から東京に通い、外来試験から数えると
4カ月にも及ぶプロ試験への参加。
息子くん、本当によくがんばりました。
応援してくださったたくさんの方々にも、感謝×感謝です。 


そう言えば、今年初め6年ぶりに買った車のナンバーを
2024にしたのです。
今年は息子くんにたくさん良いことがあるだろうから、
ナンバープレートを見る度に、2024年はすごく良い年だったねと
気分が明るくなるように、なんて嵯峨くんと話しながら。

2024年もあとひと月足らず、12月は家族でめいっぱい気楽に過ごします♪

あおぞらコンサート

砥山ふれあい果樹園で毎年開催され、今年で7回目になる「あおぞらコンサート」は、数年ぶりで素晴らしい青空に恵まれました。出演者であるLiarjuさんの中に晴れ女がいる!という話で盛り上がってはいたけれど、前後日に雨の予報が出ているにもかかわらず、まさに当日そこだけぽっかりと晴れたのには本当にびっくり。イタヤカエデの木陰の下で、最高に気持の良い野外コンサートになりました♬
関係者の皆様、ご来場いただいた皆様、出演者の皆様、本当にありがとうございましたm(__)m。



カンテレ奏者あらひろこさんのこと

今年の3月「祈りの北方圏」で素晴らしいカンテレ演奏をしてくださったあらひろこさんが、5月5日に天国へ旅立たれた。未だに信じられない気持ちに戻ることがあって、やりきれなさが右往左往する。


仕事上必要に迫られ、節操もなくいろいろな楽器を触って来たけれど、頼まれてもいないのに好きで演奏しているのは5弦カンテレだけ。これは、16年前のライブで初めてひろこさんとご一緒した機会に、その慎ましやかな音色と形に一目惚れしてひろこさんから購入したものだ。
カンテレ奏者として、またフィンランドと日本の架け橋として、ご活躍されていたひろこさんは本当に貴重な存在だった。

にもかかわらず、私はひろこさんから直接カンテレを教わったことがない。
何度もRAUMAのリハでうちに来ていただいていたのに、コンサートカンテレに一度も触らせていただいたこともない。お願いすればすぐに、「どうぞ~♪」とあの優しいにこやかなお顔で言ってくださったはずなのに…。
巨大な後悔の波が押し寄せる。

 

ひろこさんとの印象的な会話がある。
6年前、やはりRAUMAのリハでうちにいらしていた時のこと。スケジュール調整の件もあって、癌が見つかったこと、近く手術をするのだということを、ひろこさんが嵯峨くんと私に説明した。
「でも、良性だったから、あまり心配しなくても大丈夫なの。」と、ひろこさん。
「そうなんですね~、よかった!」と私。
「うん、でもね、私、今すぐ死んでも何にも思い残すことがないから。」
「え~、そうなんですか?」
「うん、本当に、全然、すっぱり(笑)。」
なんて潔い人だろうと、羨ましくさえ思ったものだ。でも、お葬式後耳に入った話では、癌が見つかった時点でステージはかなり高かったとのこと。

 

先日、ひろこさんが何度も出演されていたという「銭函フェス」のステージに、RAUMAの相方である嵯峨治彦コーナーのゲストとして私も参加させていただき、ひろこさんが5弦カンテレのために作曲した「Omokage」という曲を弾いた。これは、コロナ禍で会えなくなったレッスンの生徒さんたちに向けてひろこさんが作った動画から耳コピしたものだ。

弾きながら、メロディの音の選び方や構成がひろこさんらしい、曲の中にひろこさんがいる、と思った。
…そうか、その人の面影を抱いて生きていく人たちがいる限り、その人は別の方法で生き続けるのかもしれない。


「おもかげ」”Omokage”
https://www.youtube.com/watch?v=hmWsqlfUFVQ

「祈りの北方圏」、無事終了しました!

長い間、朗読や楽器の演奏でライブに参加してきましたが、実は、サンドアートパフォーマンスをやり始めるまでは即興が苦手でした。

「サンドアートで即興をやってみたら?ダンスと一緒にやると絶対に面白いと思う!」と背中を押してくれたのは、嵯峨くん。

サンドアートパフォーマンスを即興でやってる人なんて、見たことありません。
絵コンテを作り込んで披露するというスタイルが一般的です。


半信半疑のまま、企画のチャンスがあったので挑戦してみたところ、…なるほど、面白い!(初演は、東海林靖志さん[ダンス]・嵯峨くん[音楽]と3人で公演した「砂に舞う。」2022年1月末。)
その時初めて、絵を描くことが当たりまえすぎて、それが自分のちょっとした取り柄だと全然自覚していなかったことに気づいたのです。
しかも「砂と光」というマチエールが、何の特徴もない自分の絵を特別にしてくれる。逆に、砂と光を利用すれば、絵がきっちりしたカタチになっている必要はない。

 

「音楽やダンスと互いに入り組むようにひとつの世界を作り上げていく作業には、かなりの集中力と瞬発力が必要で、それは偶然<自分を飛び越えてしまう>ことがある。それが、即興の醍醐味。
作り手と観客のイメージが一致すれば大成功だけれど、たとえ違っても、それぞれのイメージで楽しんでもらってOK。
ただし、表現を提供する側には、綿密な根拠が必要。でなければ、いきあたりばったりのデタラメになってしまう。」

私の即興観ですが、それを今回の公演で、実感として学ぶことができました。

 

「祈りの北方圏」は、歌の豊川容子さん・カンテレのあらひろこさん・馬頭琴の嵯峨くん・ダンスの東海林靖志さんら唯一無二の素晴らしい出演者と、そしてまた、心強いテクニカルスタッフ及び会場スタッフと素敵なフライヤーにサポートされ、本当に素敵な作品になりました!
公演に必要な書類や釣り銭金庫をうっかり忘れてくるという母の大チョンボを解決するために走り回ってくれた上、持ち込みプロジェクターの担当までこなしてくれた息子にも感謝でいっぱいです。

 

昼夜の公演とも思った以上にお客様が多く、後方で見えづらかった方々には本当に申し訳ありませんでした!後日公演の動画をアップする予定ですので、またあらためてお知らせさせていただきますね!