空のっぽと雲ひげ

サンドアートとつれづれ日記

曖昧な幸福は小さく、漠然とした不安は大きい

 昨日の朝、韮とジャガイモのお味噌汁を作りながらウキウキしている自分に気がつきました。ああ、私はみそ汁の具の組み合わせの中でこれが一番好きなのだなあ・・・とあらためて実感。こんな些細な事でも、自分についてひとつひとつちゃんと意識できる瞬間はとても貴重だなあ、と思います。

 ふと、意識する・・・ということから発展して思い出したことがありました。

それは、朗読を始めた頃に、知り合いから「朗読は誰でもできる」と言われたこと。自分がやっていることにまだ半信半疑だった私は、その言葉に動揺し曖昧に苦笑することぐらいしかできませんした。

 今ならはっきり言えるのにな。

漠然と字面を読んで音読するだけでは、「相手に伝わる」表現にはなりません。魅力的な朗読をするためには、口腔内であらゆる作業を意識的に行い、発声に関しても「相手に伝える」ための技術が要ります。その上で、聞き手の想像力を引き出すための間合いや演出も心がけねばなりません。

 朗読に限らず、どんなことであれみんなそうですよね。

おにぎりを作ったり掃除したりすること、虫をつかまえたり花を育てたりすること、字を書くことや呼吸することでさえ、より効率良く素晴らしいやり方で取り組んでいる人たちがいます。誰にでもできるけれど、みんながみんな同じレベルでやっているわけではありません。より高い意識をもってやっている仕事は、人を感動させることもできる。

 ・・・などなどなど、他にもいろいろ思い出しながら、常日頃から「意識する」ことは大切だなあと、朝ご飯を食べながらしみじみ思ったのでした。